「ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow」はリドル・ストーリーだった【ネタバレ感想】

始まりはようちかから

いきなり曜ちゃんが単独で出て来てくれたことだけで嬉しかったのに、曜ちゃんが
「これから私の可愛い彼女の撮影会を始めるから、綺麗に撮ってあげてね♡」
と可愛くお願いしてきたので、パシャパシャしてきました。

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©曜ちゃんの彼女

間に合ったのが奇跡だよ

1月4日は仕事始めでした。
という訳で、16時半からの舞台挨拶LV付き回(2000円)の予約を取ってみました。
人間、何事もチャレンジスピリットを持たないとね!!
Aqoursを応援する者として、忘れちゃならない精神ですから。

まぁ、ギリギリ間に合って約3時間(本編100分+舞台挨拶60分くらい?)楽しんできましたので感想です。
様々なことに答えを出しつつも、一番肝の部分は上手にぼかした映画だったなと思います。
つまり、ある種のリドル・ストーリーだったと感じたのです。
こういうのは、鑑賞後に好奇心を刺激されるので今や僕はワクワクしてますよ。

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー

リドル・ストーリーとは

最初にリドル・ストーリーとはなんぞやということから。
ミステリ用語の1つであり、物語形式の1つですね。
作中に示された謎の解答を敢えて書かないで終わることで、読者に解答を委ねるような小説のことです。
最も有名なのはフランク・R・ストックトンの短編「女か虎か」(1882)でしょうか。
僕はこの短編を藤原宰太郎さんの推理クイズ本で知りました。(因みに解答はジャック・モフェットの「女と虎と」まんまでした)

これを踏まえて、では、今作の「謎」に当たる部分は何だったのか整理してみます。
1. 鞠莉の結婚騒動の結末は? ~鞠莉ママとの対決はどうなったのか
2. Saint Snow解散後、鹿角理亞の未来は?
3. 統廃合後の1・2年生の「学校問題」はどうなるのか?
4. Aqoursの出した結論とは?

4つの謎が密接に絡み合って、それぞれに納得のいく結論が出されていくのですが…。

鞠莉の結婚騒動の結末は?

鞠莉ママが果南とダイヤをどう思っていたのかは、テレビシリーズを踏まえるととっても納得です。
2人が鞠莉を連れ出さないように彼女の部屋が徐々に上階に上げられていったという逸話もありましたので、鞠莉の親は2人の事を快く思っていなかった事は察せられていました。
ただ、TVシリーズを思い返すと、鞠莉ファザーはかなりAqoursに配慮してくれてるんですよね。
ファザー1人の力では限界があるという事を前置きしたうえで、最大限まで譲歩してくれていました。
故に、ファザーはかなだいを悪く思っていないことも窺えます。
ということは、必然マザーの方がかなだいを娘の「悪友」と考えていたと結論付けるのが自然です。
果南を「はぐぅ」、ダイヤを「ですわ」という(マザーの中では悪口に近い)あだ名で呼んでいたことにもマザーの態度が見えていて面白いなと。
個人的には果南のあだ名がツボでした。可愛いw

てなわけで、マザーが勝手に鞠莉を結婚させて、2人を遠ざけようとしたというのは納得感満点の導入でした。
劇場版ならではのスケールを出せることもあって、まさに一石二鳥の展開だったと思います。

さて、この騒動には当然結末がありました。
スクールアイドルを否定するマザーを鞠莉をセンターとした曲で納得させる。
言葉も通じない異国で、街行く人々の心を掴む事が出来るのかどうか。
日本人に比べれば断然ノリの良いイタリア人とはいえ、難易度的にはかなり難しいと言えそうですよね。
実際難しい・不可能と考えたから、鞠莉ママも受けたのでしょう。

鞠莉をセンターに据えた「Hop? Stop? Nonstop!」ですが、個人的には一番好きでした。
Aqours内で「一番」に推してたのは鈴木愛奈さんだけでしたけれど、やっぱりAqoursにはこういう明るい楽曲が良く似合う。

稀に似たような曲ばかりだと批判されているAqoursの楽曲ですが、僕は彼女達の色が出ていて、すっごく好きなんですよ。
Aqoursと言えば、やっぱり海ですからね。
海と言えば、夏。
夏と言えば、明るく眩しい。
メンバーも元気いっぱいDayDayDayな子が揃っていて、賑やかで明るい。
ポップで弾けた明るい曲調が良く似合うんです。
しっとりと聞かせるバラードやロックな曲、ミディアムテンポな歌等々。
もっと幅広い曲が欲しいという意見もあるかもですが、そういうのは偶にで良い。(今位の頻度で良い)
「Hop? Stop? Nonstop!」のような「The・Aqours」な曲をメインにして欲しいし、故に、この曲が一番好きでした。

聞いていてノリノリになれるからこそ、劇中のイタリア人達の心が掴まれたのも納得出来ちゃいました。
鞠莉ママもAqoursを認めざるを得ないですよね。

さてさて、この結論も大事ですが、過程も重要でした。
絵になるイタリア。
確かにイタリアは最高です。
彼の地の魅力にて憑りつかれ、3回足を運んだ僕。
次に海外旅行できるなら、当然イタリアを選びたいほど魅力いっぱいの国。
Aqoursにとっても魅力いっぱいに映ったようです、分かります。(とあるキリン風に)
ライブの場所に迷うのも必然ですよね。

そんな中1年生が、いや、ルビィが意見します。
自分の意見を言えるかどうかは、ルビィにとっては見過ごせないシーンです。
仲の良いメンバーの中であっても、自分の意見をあまり言えてなかった彼女。(意見を言えただけで褒められるレベル)
意を決し、自分達1年生で決めさせて欲しいと言えたのは、「理亞問題」の解答を迎えるにあたって大事な大事な出来事でした。

鹿角理亞の未来は?

確かにSaint Snowのことは描き切ったとは言い切れないところもありましたね。
11人でライブをして、それで解決された気になってましたが、こうやって改めて鹿角姉妹に焦点を当てられると、まだまだ描いて欲しいことが出てくるものですね。

理亞ってこう書かれると、ルビィにそっくりだったんだなと気付かされますね。
お姉ちゃん依存。
聖良の為にという想いが強すぎて、寧ろ、それしかなくて、理亞自身のスクールアイドルに対する想いが見えてない。
理亞がスクールアイドルに真剣に向き合ってないとも取れて、この状態は「ラブライブは遊びじゃない」って言い返されても仕方ないと言えますね。
まさかこの名台詞がブーメランとなって返ってくるとは考えても無かったので、上手いな~と膝を打っちゃいました。

言い返す役目をルビィに背負わせたのも納得ですよ。
同じお姉ちゃん依存の妹として。
イタリアで一足先にそこから抜け出したからこそ活きてくる台詞です。

「未練」を叶えてあげて、お姉ちゃんからの精神的な卒業を果たし、改めてメンバー募集に取りかかった。
彼女が新しいメンバーを見つけられたのか。
そこまでは描かれてませんでした。
然しながら、「メンバーを揃えられたか否か」は重要では無くて、「理亞自身が自分の為にスクールアイドルをやりたい」と思えるかどうかが大事で。
それは彼女が改めてメンバー募集をする姿から窺える事なので、明確な解答が示されたと見做せます。

統廃合問題はどうなったか?

父兄が部活動に影響するかもだから、受け入れはヤダとかってアリなん?
酷いけど、それもまた「現実」なのかもですね。
彼女達にはままならない問題がまたしても壁となって立ち塞がって来て…。

この問題解決のキーに「曜ちゃんと楽しそうに談笑する謎の男子(?)」が絡んでくるとは予想外でした。
もっと出番の少ないキャラかと思ってました。

話し少し逸れますが、僕はtwitterで朱夏さんをフォローしてます。
で、先月頭に黒沢ともよさんの舞台を観劇したというツイートをfavりました。


どういう接点なんだろうと不思議だったんですよね。
過去に繋がりでもあったんだろうなとその時はそれで終いにしてたのですが、なるほどですね。

曜ちゃんの従姉妹・月ちゃん(その内「日ちゃん」とか出てくるんだろうかw)役が黒沢さんだったんですね。
素晴らしいです。(黒沢さんも好きなのです。)

話し戻しますと、この月ちゃん。(新世界の神じゃないよ)
面白い立ち位置にいる子だなと。
彼女、「僕っ娘」なんですよね。
穿った見方なのかもですが、彼女は「僕ら」なんですよ、きっと。

μ’sの頃から不思議だったんですが、曲のタイトルによく「僕」という一人称が出てくるんですよね。
今作もオープニングで「僕らの走ってきた道は…」という曲が使われていました。

萌えキャラの属性の1つとして「僕っ娘」というのは今やメジャーとなってますが、とはいえ、どちらかといえば男性が使う一人称。
それを(μ’sと合せて18人の)メンバーの中に「僕っ娘」が1人もいないのに、度々使われているのは何故なのだろうかと。
深い意味は無いかもだし、どこかで畑先生が答えられてるかもですが、それを知らない僕は勝手に「僕=ファン」という等式で考えていました。

男性のファン目線の曲とでもいうのかな。
そういうのを意識した上での「僕」なのかと。
だから月ちゃんは僕らラブライバーの代表に見えたのです。

そんな月ちゃんが、初めてAqoursやSaint Snowを見て来た。
イタリアまで同行して、彼女達に直に触れて来た。
その上で、スクールアイドルの姿に惚れて、「この感動を味わうのは僕らだけじゃもったいない。もっと皆と分かち合いたい」と拡散に努めてくれた。

浦の星を統廃合から救う事は出来なかったけれど、月ちゃんを通じて沢山の人の心を動かして、新しい学校での居場所は勝ち取れた。
校舎は何故かボロ校舎のまんまっぽいけれど、「分校」の文字が取れたのは、Aqoursの成果ですよね。
統廃合並に高く立ちはだかった壁でしたが、今度は彼女達の力で乗り越えられたというのは、これまでの頑張りを見て来ただけに大きなカタルシスを得られました。

でも、「新しい浦の星女学院の校舎」が出来たのは、引っかかるポイントですよね。

Aqoursの出した結論とは?

2期最終回直後から始まった今回の劇場版。
3年生からのお願いという形で、Aqoursは在校生6人で引き継ぐことになったのですが…。

ここもまた面白い点だなと。
1期では殆ど6人で活動してきたのに、改めて6人に戻ると、そこに違和感を覚えているというのが面白い。
「元に戻っちゃったね」なんて誰1人言わないで「少なくなっちゃったね」ばかり言っている。
それだけ6人にとって3年生が居たことが当たり前の日常になっていたのですね。
もうこれだけで、6人が3年生を想う気持ちの強さが分かるので、とっても良いです。

思い悩んでイタリアまで追いかけちゃう位ですからね。

そうやって悩みに悩んで、出した結論は、やはり6人で続けるというものでした。
3年生はそれぞれの道を歩むという決意も新たに示されました。

「Aqoursの未来」を考えた時、TVシリーズでは確かに触れてませんでした。
僕はすっかり失念していたというか、気づけてなかったんですが、描いてなかった部分でしたね。
その大事な大事な結論がこの劇場版の主題になっており、答えが出ていたのですが…。

この感想の書き出しに戻りますね。
僕は最初この劇場版を一種のリドル・ストーリーだとしました。
その理由が此処なんです。

答え、出てましたか?
こう聞くと、出ていたと答える方が多いと思うのですが…。
でも、中身を精査していけば、その答えは割れる気がするのです。

質問を変えます。
この先、Aqoursの新しい物語が作られると思いますか?

作られないという意見

梨子役のありがとうございましたさん、もとい、逢田梨香子さんはアフレコ直後のインタビューから一貫して「終わり派」だったように解釈しています。
改めて舞台挨拶で「劇場版の所感」としても仰ってましたが、「ここでAqoursの物語は終わったけれど、別の形で受け継がれていく」というもの。

6人で活動を続ける。
けど、(3年生が抜けたアニメはこれ以上)続けることは出来ない。
これは彼女がAqoursのメンバーとして9人で活動を続けてきたから言える言葉ですよね。
9人揃ってAqoursという意識が強いからこその想い。

これは僕も同意します。
やっぱり9人じゃないと嫌ですよね。

その上で、ラストシーンではAqoursの駅前ライブに触発された女子中学生(?)が聖地巡礼をしつつ、「Aqoursのようなスクールアイドルを目指す」ことを宣言していました。
新しい世代にAqoursの魂が受け継がれていっている。
そう解釈されたのかもしれません。

挿入歌の歌詞を見ても、物語を見ても、終わりを迎えた感はあります。
Aqoursらしく前向きに・明るい締めではありましたが、「ココで終わり」と見るのが一番スマートなのかもしれません。

作られるという意見

けど、僕は違いました。
見る前も確信してはいましたが、見終わって、改めて「これは続けられるな」という希望を見ました。
具体的に言えば5thライブで3期の発表があるという確信を深めたのです。

理由としては、先ず浦の星の名前が残ったこと。
新しい校舎に迎え入れられたわけでは無く、あくまでも浦の星の子達は、あのボロ校舎で過ごすようなカットがありました。

もう1つは、「Next SPARKLING!!」で3年生が参加した事です。
勿論これは「エンディングだから」という解釈が無難です。
3年生は「Next SPARKLING!!」を歌う1・2年生を見送ってそれぞれの道に帰って行ったのですから。

ただ、それにしても歌に参加してる事が引っかかったんですよね。
「3人が戻ってくる」暗喩なのかなと。

あとはかなり強引なのですが、この歌の衣装。
1・2年生は背中の羽が片方しかありません。
「半人前」を表しているのかなと。
一方3年生だけは羽を両方生やしていて「一人前」に見える。

「半人前」だけだと成り立たないので…というのはどうにも意味不明な論調だと自覚しつつ、「一人前」が居ないと成り立たないように感じたのです。

最後にラストシーンについても別の解釈を。
主人公たちに影響を受けた子が、同じ夢を追うというのは王道のパターンの1つですが、基本的には「本編とは時間を置いた」ことが多くなっています。

数年後とか数ヶ月後とか。
ある程度未来に時間軸を移すことで、次の世代であることを印象付けるんです。
事実千歌は、μ’s現役から数年後に影響を受けた「μ’sの次の世代」です。

ラストシーンの女の子達もそうなら「Aqoursの時代の終焉」を覚えちゃったのですが、そうではありませんでした。
駅前ライブを数日前と言っていたので、まだまだ「Aqoursの時代」で終わったんです。これが僕にとっては大きな意味がありました。

どれもこれも決定打に欠く、論拠の無い推論ではありますが、感覚的に続くと思ったのですよね。

リドル・ストーリーだった

どっちとも取れるような終わり方。
これは「どう考えてもこれで終わり」だった「ラブライブ!」とは異なります。
エンディング曲も「本当に最後の曲」感満載だったμ’s「僕たちはひとつの光」とは違って、どこかまだまだ続く感じを覚えたのですよね。
これは僕が続いて欲しいという願望に憑りつかれているから、そう聞こえただけかもですが。

なんにせよですよ、この先は分かりませんが、劇場版は始まったばかりです。
まだ3枚前売り券が手元に残ってますからね。
最低3回は行くことが確定しています。
劇場版をもっともっと楽しんでいきます。

僕なりのチャレンジ精神

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今回の購入物です。
約5千円。
ポップコーンが多過ぎた…。

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1月2日のメロンブックスでの購入物です。
約1万1千円。
帰り道、これ持ちつつ8キロ徒歩は予想外の重労働だった…。

現在の僕の全銭闘力
約5万。(ちーん)

生きるか死ぬかギリギリを攻めるチャレンジ精神!!

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