「仮面ライダー鎧武」は「平成ライダー版魔法少女まどか☆マギカ」となるのか?

この記事は

「仮面ライダー鎧武」の考察記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「仮面ライダー鎧武」が面白いです。
主人公・葛葉紘汰の感情移入出来るからというのと、紘汰の感情と物語のシンクロ率が半端無いから。

「誰でも変身できる」という重要な点

いきなり話を逸らしますが、昭和ライダーと平成ライダーの違いについて。
色々ありますけれど、「ライダー」と「そのライダーに変身する人間」の関係が1対1か否かですね。

昭和ライダーは、例えば、ライダー1号に変身出来るのは本郷猛ただ1人です。
ショッカーに改造手術を受けた本郷だけが、1号ライダーに変身出来ます。
けれど、平成になってこの関係が崩れ始めました。
「改造人間」というワードが医療技術の進歩と共に「差別用語に成りかねない」という制作側の配慮で使われなくなり、故に上の等式が崩壊しました。
選ばれた人間にしか変身出来ないという縛りのある場合から誰でも変身出来てしまう場合まで、作品毎に変身に関する定義が変わりますけれど、昭和ライダーとは一線を画す設定の1つです。

話を戻しますと、「鎧武」って恐らくは「誰でも変身できる」方でしょうか。
今のところの描写を見る限りは、変身者に特別な理由が必要とは思えません。
戦極ドライバーとロックシードさえあれば、誰彼かまわずアーマードライダーに変身出来そうです。
この辺は、後々「変身条件」が明かされるかもしれませんけれど。

個人的に今後を占うポイントの1つかなと考えている点です。

「鎧武」のこれまで

さて、紘汰の心情の変化と物語を追ってみます。
ストリートダンスのパフォーマンスチーム同士が、ダンスを行う場所を取り合っているという極々狭く・平和な”世界”から物語が始まります。
主人公・紘汰は、そんな”世界”から半分抜け出た青年ですね。
日々バイトに明け暮れ、姉と2人だけの生活を送っている、ごくごく普通の青年。
んで、ある時、戦極ドライバーを手に入れてしまった事から再び”ダンスの世界”に舞い戻る事となりました。

面白いな〜と思ったのが、この平和な”ダンスの世界”で、ライダーバトルが取り入れられた事。
これまで何度か平成ライダーで取り入れられた要素で、しかし、それらと決定的に違っていた点が面白いと感じたんです。
「鎧武」は、ライダーバトルではあっても命のやり取りをしてないんですよね。
勿論それぞれの立場からの正義を掲げている訳でも無い。
もっと平和的にダンス場所を懸けて行っているゲームという感覚。
実際にインベス”ゲーム”という呼称のまま、戦ってましたしね。

遊びの延長線上であって、彼ら自身は決して「有り余る力を持ち合わせてしまった事」への畏怖も、死への恐怖も持っていません。
この事は紘汰で描かれていました。

一般人が持ちえない力を得て、怯むどころか積極的に活用。
バイトの合間合間で変身を繰り返しては、その力で人助けをしたり、バイトで使ったりと。
姉の前で変身しては、はしゃぐという喜びっぷりを披露。

ここは本当に笑いました。
超人に変身出来るようになったんです。
嬉しくて、力を使ってみたくてはしゃぐ気持ち。僕には十分に理解出来たんですね。
だからこそ、笑えました。

ドライバーを得た事で喜ぶ紘汰。しかし、ある事件が起きます。
大きな力の良い部分しか見えてなかった紘汰ですが、謎のアーマードライダーに殺されかけた事を機に、初めて持ってしまった力の大きさに恐怖の感情を抱き始めました。
漫画やアニメ等ではよくいますよね。
得た力の大きさに恐怖し、苦悩するキャラクター。
本気の殺意をぶつけられた死闘を経験した事で、紘汰も同様に得てしまった力に苦悩。
恐怖を覚え、ドライバーを手放してしまったのです。

こうして紘汰が”ダンスの世界”から再び抜け出た事で、アーマードライダーがいっきに増えました。
呉島光実が変身する仮面ライダー龍玄。
城乃内秀保が変身する仮面ライダーグリドン。
初瀬亮二が変身する仮面ライダー黒影。

後者2名は見た目からして”一般兵”的で、今後量産されそうですがw
兎も角、既にいる仮面ライダーバロン(駆紋戒斗)や紘汰を襲った仮面ライダー斬月(呉島貴虎)を併せ、6人ものライダーが出て来てます。

そんな中で、紘汰の為に戦い、死ぬかもしれないゲームに挑む光実の姿を目にした紘汰は、再びドライバーを腰に巻き変身。
死への恐怖を振り払い、”世界”へと戻っていくのですが。
物語は、ここで序章を終えた気がするんです。
“ダンスの世界”のライダーバトルを描いた序章が終わり、物語は次のステップに入ったと見ています。
紘汰が再び踏み入れた”世界”はもう平和な”ダンスの世界”では無くなってしまったんではないでしょうか。
死と隣り合わせの”世界”の入口に立ってしまった気がするんです。

近いうち、そんな本物の戦場の”世界”へ本格的に踏み込んでしまう”事件”が起こってしまう気がするんです。
最初に書いた「誰でもライダーに変身出来る」設定を利用する事で。

「鎧武」のこれから

「誰でもライダーに変身出来る」というのは、裏を返せば、ライダーにさえ変身出来れば誰でも良いという事です。
つまり、現在のドライバー所持者が変わっても問題が無い訳ですよね。
実際、過去の平成ライダーでも同様の構図を取っていた作品もありましたし、この「鎧武」に於いても採用される気がするんです。

なんせ脚本家が虚淵玄さんですからね。
「なんせ」という言葉を使えるほど、僕は虚淵さんの事を知っている訳では無いんですが、「まどマギ」見てるとどうしても…。

あのアニメも似たような構造を取っていました。
「魔法少女」という言葉が持つイメージを利用して、それをどんどん”悪化”させる事で、主人公の立ち位置をどんどん苛烈なステージへと移行させていってました。
僕等がイメージする「魔法少女」というと、少女にとっての「仮面ライダー」的な立ち位置にある「ヒーロー(ヒロイン)の1つ」ではないでしょうか。
少女が憧れるだけに、死とは対極の明るいイメージが先行しています。
このイメージが全てとは言いませんが、これをぶち壊したのが「まどマギ」で、回を増す毎に苛烈すぎる「まどマギ世界の魔法少女」設定に、呆然とさせられたのは未だに記憶に残っております。

最初は、このようなイメージの中での魔法少女を描いていたんです。
不穏な展開を臭わす要素は所々にありましたが、明るく健気に戦う魔法少女を描いていて。
いうなれば「明るい魔法少女の世界」内での出来事を描いていた。
その空気が3話終盤で一変。
魔法少女の”イメージの悪化”の切欠となったのが、巴マミの死でした。
僕のトラウマw
3話を見て、どんだけ嫌な気分になった事かw
あまりにも惨たらしい殺され方をされて、「なんであそこまで」と思ったのですが、きっとわざとですよね。
最初の一撃に強烈なインパクトが無いと、なかなか壊せない程強固なイメージですし。
「明るい魔法少女世界」の象徴となっていたマミの死を以て、まどかは「死と隣り合わせの魔法少女世界」へ強制的に移動させられたんです。
以降も、どんどん深く辛い世界へと潜っていくことになります。

話を「鎧武」に戻しますと、「まどマギ」との共通点が色々と見出せるんですね。
まず、キュゥべえはシドですね。
魔法少女への勧誘とアーマードライダーへの勧誘という立ち位置は同じです。

では、ほむらの立ち位置は誰になるのかと言えば、謎の少女と仮面ライダー斬月でしょうか。
謎の少女は、ほむらの初期の役割を担っています。
つまりは、アーマードライダーになろうとしている者(魔法少女になる事)に警鐘を鳴らす役割です。
仮面ライダー斬月もまた、やり方は異なりますが、彼の意図とは異なるかもですが、結果的に警鐘となった行為がありました。
紘汰に「死ぬかもしれない世界」を見せた点は、ある種の警告とも取れます。
ただ、斬月は特殊で、キュゥべえの親玉でもある。
「まどマギ」の世界に照らし合わせるには、強引な解釈が必要なキャラでもありますね。

言うまでも無く、まどかが紘汰であり、さやかが光実。
行動や心理描写が完全に一致している訳ではありませんけれど、それぞれの立ち位置は似ています。
変身する事に逡巡するまどか=紘汰を尻目に契約を交わし魔法少女=ライダーに変身するさやか=光実。
杏子は…誰になるかな。
バロンと解釈するにはいくらなんでも無理矢理すぎるので、杏子は該当なしかな。

ではでは。
最後の1人。
明るい魔法少女の世界をぶっ壊し、まどか達に残酷な魔法少女の世界に叩きこむ切欠を作ることとなった巴マミ役は誰なんでしょうか。
まだ分からないですけれど、誰かがマミ役として死んでしまう事件が起こるような気がするんです。

最初は、光実が紘汰の目の前で殺されてしまって…とかとか考えながら見ていたんですけれど、一先ずそういう事は無かったですからね。
ただ、紘汰が信頼を寄せるようなライダーが死んでしまう可能性は依然として高そうです。
そうする事で、物語は本格的に死と隣り合わせの”本物の戦場の世界”に入るんじゃないでしょうか。
「まどマギ」がそうであったように。

単純な本気のライダーバトルを想起させつつも、ヘルヘイムの森という謎の次元に棲むインベスの事を絡めて、シリーズ全体を貫く謎の片鱗を魅せる手腕もそのままに。
「平成ライダー版魔法少女まどか☆マギカ」とも言えるような作品に、この「鎧武」は成り得る要素をふんだんに含んでいる気がしてなりません。

終わりに

こじつけと思われても仕方無い事ですが、平和なインベスゲームから抜け出すには、何らかのショッキングな出来事が必要な気がするんです。
そのトリガーとして、虚淵さんなら「重要キャラの死」を取り入れそうですし、今回のライダーの設定はそれを許容している。

この先「まどマギ」然とした物語にシフトするのか。
はたまた近年の平成ライダーのようにコメディ要素濃いめのまま最後まで行くのか。
年内には分かるかもしれませんね。

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