「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」で考える「コメディ」と「ギャグ」の境界線

はじめに

カフェにアイスティ1杯で6時間も居座ったnurutaです。
ごめんなさい。

違うんです。
これも全部渡航先生のせいなんですよ~。(他責最悪)
今日は「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の記事です。

「俺ガイル」の心理描写が深すぎる

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今、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」を読み進めています。
8巻まで読み終わりましたが、どんどんと難しくなってきますね。
特に修学旅行あたりから頭に?マークが飛び交っています。

入口は確かに「ラブコメ」と呼べるものでした。
結衣が明確に八幡を意識していて、八幡もそれに気づいている節がある。
(ゆきぺでぃ…wikipediaだと八幡は結衣の気持ちに気づいてないって書かれてるけど、本当に気付いてないんかな?)
けれど、過去に負ったトラウマがそれを阻害し、結衣も明示しないから進展しない。
そんな2人に、雪乃が絡んで、3人の間に得も言われぬラブコメ空気を醸成している。

それがどうでしょう。
8巻なんて特に「コメディ」のコの字も出て来ないシリアス展開。
あれれ~、純文学かな~?ってくらい心理描写が難解で深い。

アニメを先に見ていて、全然理解出来なかった彼ら彼女らの心境が、原作読んでも理解出来ないというね。
いや、言い訳するようですが、表層的には理解してるつもりなんですよ?
深くは分かってないだけで。

雪乃が何を想っているのか。
八幡がどう感じているのか。
浅い所は読み取れても、深い部分で理解出来ていません。

八幡目線で書かれていて、彼のモノローグが多いんだから、八幡のことくらい分かれよって話ですよね、ホント。
読解力仕事しろ!!

とまぁ、僕のことは置いといて。
「俺ガイル」は、巻を増すごとに心理描写に重きが置かれているのは確かで、読後僕の胸には様々な思いが去来する訳です。
心に何かしら痕跡を刻んできます。
それは「ギャグ」では起こり得ない事象なんです。

「コメディ」と「ギャグ」の境界線

物語のジャンルの中に、「コメディ」と「ギャグ」の2つがあります。
この2つ、よく混同されて使われることがありますが、明確な線引きは出来るのでしょうか?
「コメディ」と「ギャグ」の境界線ってどこなのでしょう。

僕自身はっきりとした答えを持っていないのですが、「俺ガイル」読んでいて、ぼんやりとその違いが見えてきたんですよね。
「読後に読者を物語について考えさせられるか否か」。
これがポイントなのかなと。

先ず「ギャグ」ですが、これは「瞬間瞬間の笑い」に全振りしたものだと考えております。
「読者を笑わせること」に全てが注がれており、言うなれば、読後に何も残らない。
「ああ面白かった。笑った」という感想だけで、哀愁だったり爽快さだったり、「笑った」以外の読後感を覚えない。
特にキャラクターの心情に寄り添って考察するようなことが無い。

対して「コメディ」は、キャラクターの日常を笑いに比重を置いて切り取ったものという認識。
あくまでも日常を描いているので、笑いが強調されているだけで、そこには怒りがあり、悲しみがあり、憂いがあり、喜びがある。
キャラクターの様々な感情を読者は読み取り、時に共感し、時に反感を覚える。
「笑った」以外にも様々な読後感があり、キャラクターの心情に寄り添って思索に耽ることが出来る。

「コメディ」の派生の中の「ラブコメ」はその傾向が特に顕著でしょうか。
恋愛を主軸の1つにしているからですね。
恋愛には、出会いがあり、そして痛みがあります。
愛という感情にフォーカスしているので、心理描写が多くなりがちです。
ネガティブな面も取り上げている為、笑い以外の感情が読者に芽生えやすいです。

「俺ガイル」は「ラブコメ」である

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」は「ラブコメ」です。

しかも八幡は表層的な関係を唾棄しています。
それが友情だろうと恋愛であろうと、欺瞞に満ちた関係を嫌っている。
それは雪乃が共通して持っていた唯一のものであり、彼らの関係性を語る上で大切なコト。
ともすれば家族間に横たわるような、本当の意味での深い絆を描かれようとしている。

ならば、腹の裡を晒すしかありません。
本音で語り合い、裸で殴り合う。
嘘と欺瞞を否定し、真の正義を語りあう。
表層的な関係をぶっこわして、深層で繋がれた絆を築く。
キャラクターの内面に深く深く潜る作業が必要になります。

このように八幡の性格上、心理描写に比重が置かれるのは必然なんですよね。

先に「巻が増すごとにコメディが鳴りを潜めている」と書きましたが、これは間違いです。
何も変わっていないんです。
入口が「ラブコメ」である以上、どこまで行ってもその本質は変わらないし、変わっていない。
主人公の性格が性格だから心理描写が増えているだけで、やはり「ラブコメ」なのです。
心理描写が多いので、必然的に読後よぎる感情も様々です。
彼ら彼女らの物語に想いを馳せる事が出来ます。

てなことを、8巻読みながら思った次第です。
ジャンルが「ギャグ」では出来なかった気がして、これが「コメディ」と「ギャグ」の境界線なのかなと感じました。

終わりに

なかなかに息苦しかった8巻の重い展開にあって、初めて材木座の有難味に気づきました。
彼が出て来た瞬間に、すっと気が楽になったんですよね。
どんな重ぐるしい雰囲気でも、一瞬で白けさせる材木座最高ですね(笑

さて、それでは「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 @comic」(全巻買ってしまったw)を読む作業に戻ります。

あぁ、声優さんと結婚してぇ

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