「シュガー・ラッシュ:オンライン」感想 インターネットを優しさで包んだディズニーワールド

はじめに

ディズニー映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」を鑑賞してきました。
ちょっと僕なりに趣向を凝らした感想を書ければ…。

映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」の感想 #シュガラお題



sponsored by 映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」(12月21日公開)

キャラの想いを完遂した素敵な物語

相も変わらず素晴らしい脚本でした。
謎解き要素を多分に含んでいた分、前作の方が見応えという点では勝っていましたが、決して見劣りしない物語だったと思います。
何と言っても、スッキリスマートなんですよね。
キャラクターの言動がこれほどまでに一貫したものを魅せられると、感嘆の溜息しか出ません。

ヴァネロペの願望、ラルフの立ち位置を序盤ではっきりさせてました。
彼女は刺激的な日々を、彼は今まで通り彼女の隣にいることを望んでいると強く印象付けるシーンが続きます。
これらを常にそれぞれの行動動機にして物語を転がしていくんですよね。
結末も最初に提示した「道」を実現させたものとなっていて、非常に納得感が高いんです。

そりゃ驚きましたけれども。
本当に分かれちゃうんだ…って。
でも、最初からヴェネロペが望んでいた世界ですからね。
一見するとラルフの希望は無下にされているようにも見えますが、それは違いますし。
会おうと思えばいつでも会える間柄を継続し、かつ、ちゃんと顔を合わせて一緒に過ごす時間もあるんだよということも見せてくれたので、ラルフの望みも叶えられている。
彼女・彼がこの結末を暗示する願望・考えを述べてるんですもの。
納得するしかないんですよね。

主人公2人の想いを大切にして、物語を回す狂言回しにすることで、綺麗に纏められた脚本。
流石だな~って感じです。

さてさて、ヴェネロペは彼女自身の希望で、ネットゲームの世界に「お引越し」していきました。
ラルフとしては心配ですよね。
大切な親友が知らない土地へと残ってしまうんですから。
実際、彼の見たネットは必ずしも良い面ばかりではありませんでした。

ネットの悪意に触れるのはラルフのみ

わざわざ書くことでも無いですけれど、ネットは「楽しい場所」なだけでは無いですよね。
人の悪意だったり、犯罪の温床になっていたりと悪い面も沢山あります。
ディズニー映画とて、そこは目を背けずに克明に映していきます。

ネットのレースゲーム「スローターレース」では、非常に怖い思いをします。
ラルフ達ゲームキャラにとって、自分のゲーム以外でのゲームオーバーは、本当の死を意味します。
前作の設定をしっかりと踏襲しつつ、だからこそ、彼は怯えます。
猛獣が蔓延り、道路は炎上し、車は暴走する。
レースをするにはあまりにも危険な「道なき道」を高速で駆け抜けることは、ラルフにとっては恐怖でしか無かったはずです。
シャンク達も簡単にプレイヤーをゲームオーバーにしちゃう「恐い人たち」。
良い印象は抱けないのも道理かなと。

「バズチューブ」では、人の抱える暗部に晒されます。
いとも容易く映ろう話題。
人々の興味は熱病のように一瞬で、悪意が伝染するのも早い。
コメント欄に溢れる誹謗中傷に心を抉られます。
アングラサイト的な場所を訪れるのも彼だけだし、兎に角ラルフだけがネットの負の側面に触れます。
(少し話が逸れますが、バグラルフの集合体やダブル・ダンの目を背けたくなるような姿は、敢えてのデザインなのかなと思いました。ネットの醜い面の象徴として)

これはヴェネロペをこんな危ない場所に残したくないという彼の気持ちを肥大化させるためなのかなと。
彼女の事を大切に想っているからこそ、こういった気持ちが強く強く出る場所だと思わせる必要性があった気がします。

プリンセスとミュージカル

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©ウォルト・ディズニー

対してヴェネロペは、全く異なった印象を持つんですよね。
シャンクをクールで素敵と評し、彼女の薦めるポップアップ広告も皆躊躇なくクリックしていく。
普通、ポップアップ広告なんてクリックしませんよね。
多くの人が良い印象を持ってないでしょうし、そもそもブラウザでブロックしちゃってる人も多いんじゃないかな。
そんなどちらかと言えば、悪い印象を持たれているものでも、人が簡単にクリックしてくれるんです。
優しい世界ですよね。

で、面白かったのがプリンセス達との邂逅です。
ここに優しさの全てが集約していたと見ています。

歴代のディズニープリンセスが登場した意図として、「新しいプリンセス像を提示する為」的な記事を読みました。
凄く腑に落ちる内容だったんです。
常にアップデートを繰り返してきているというディズニープリンセス。
時代と共に、世相を反映したプリンセス像を作り続けている中に、ヴェネロペを組み込んでみるとどうなるか。
そういった感じで始まったようですが、ヴェネロペにとっては「王子様の背中に隠れるプリンセス像」はNOなんですね。
確かに。
彼女はそういうキャラじゃありません。

互いに尊重し合う対等な間柄。

王子にはそれを求めているキャラです。
それが本心で、ディズニープリンセスは本心を歌に込めるんですよね。

ここら辺のヴェネロペのツッコミがマジでツボりました。
唐突にスポットライトが当たって、ミュージックが流れ出して、歌い始めるプリンセスにガチツッコミ(笑
なんで突然音楽が鳴って、ライトが当たるのとか言いだしちゃダメでしょw

ともあれ、プリンセス達にとっての当たり前をヴェネロペは実践する事に。
最初は出来なかったんですが、出来ちゃいましたねw
「スローターレース」の世界でシャンク達と共にレッツミュージカル。

実は怖くない世界だと説明されて、ここで刺激的な日常を送りたいという本音を語るんです。
歌にしてるので、紛れもないヴェネロペの本音。

ただ、ラルフを「王子」として認めてるのも本当だし、これからも彼との関係は維持していきたい。
その上で自分の気持ちを認めて欲しい。

「自立するプリンセス」という言葉を与えたいくらい、ある種現代らしいプリンセス像だなと思ったのですね。
ミュージカルに乗せて「プリンセスとして」歌で本音を披露する。
ディズニーの伝統を活用しつつ、更に、ネットの優しい側面だけをヴェネロペに見せる。

ミュージカルにはとても大切な想いが込められていました。

インターネットを優しさで包んだディズニーワールド

常に側にいる友情か、はたまた、離れていても尊重し合う友情か。
最後のシークエンスでは、ラルフが自分の過ちに気づきます。
増加する自分を見て、おかしいって気付くんですよね。

自分の考えが間違っているとし、ヴェネロペの気持ちを尊重する事に傾きます。
これは同時に、ネットの優しい面を本質だと捉えたのだと考えました。

先にも書きましたが、ラルフにとっては、ネットは怖い所なんですよ。
「スローターレース」なんて特に。
そんなところに大切な親友を預けないとならない。

嫌、ですよね。
彼の気持ちとしても側に常に居たいのに、それが無理だと言われた上で、自分が怖いと信じる場所に残るって言う。
嫌だし、心配だし、尚更連れて帰りたい。
そうなるのが自然な感情だと思うのです。

ヴェネロペの気持ちを尊重する事は、つまりは、彼女をネットの世界に残ることを許す事です。
シャンクをネットと見做して、ヴェネロペの信じるシャンク像=優しい世界を肯定した事に等しいのかなと。

これはとってもディズニーらしい見解です。
最終的にはラブを信じるって意味で。

きちんと負の側面を描き出した上で、それでも人は(ネットは)悪いものでは無いという結論。
人の優しさを・愛を信じるディズニー映画らしさ全開のオチだったと思いました。

終わりに

プリンセス登場をただのファンサービスとせずに、しっかりと物語の骨子に組み込んでくるあたり、脚本の巧みさは途轍もなく優れているなと感じます。
次回作がもしあるのなら、また練り込まれた素敵な物語を堪能させて頂きたいです。
期待ですね!!

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