「映画 ドラえもん のび太の地球交響楽」感想 周年記念作にしては…

この記事は

映画 ドラえもん のび太の地球交響楽(シンフォニー)」の感想です。
ネタバレあります。

2024年も春が来ました。

ドラえもんの映画が公開されると、今年もいよいよ春なのだなという気分になりますね。
今作はF先生の生誕90周年記念作品。
さぞや力が入っているのかと思いきや…。

お子さんなど「ドラえもん」を純粋に楽しむことが出来れば、例年通りなのでしょう。
けれど、僕のような細かいことを気にしちゃう人間には、少々残念な出来でした。

詰めが甘すぎる脚本

やりたかったことが最初に命題としてあったんじゃなかろうか。
あくまでも僕の推測でしかないのですが、例えば

1. のび太の出す「彼にしか出せない音楽」がキーとなる。
2. 地球の音楽の歴史と惑星ムシーカのファーレを結び付ける。
3. 音楽で地球を救う。

という命題があったのかもなと。

1に関しては、「映画ドラえもん」全作共通のテーマと言っても過言ではない。
映画に関してはのび太をドラえもんよりも前面に出す傾向が昔から強いですし、彼の特技でピンチを切り抜けるというのは、「映画ドラえもん」の王道展開です。
先ず今回も必須事項として組み込まれていたことでしょう。

2と3は音楽をテーマにした時点で自然とこうなったのかなという想像でしかありません。
映画ならではのスケール感を2で演出し、ヴィランの設定を「音楽がダメージとなる」とすれば3も無理なくクリア出来る。
実際3に関しては、ノイズという意思を持たない生命体を作り出すことで、本筋に落とし込めていたと思います。
音楽を無効化することが可能であったりなど、少々説明不足な面もありましたけれど、まぁノイズに関しては大きな不満は無かったです。

個人的に引っ掛かったのは、だから、1と2ですね。
先ずは2から行きましょう。

オープニングに「やりたいこと」が描かれていたと解釈しています。
太古から現代までの音楽の壮大な歴史を1羽の白鳥に俯瞰させることで、地球の音楽が太古から脈々と受け継がれてきているんだということを示していたのだと。
こうして「地球の音楽は昔から途切れることなく連綿と続いているんだよ」と観客に提示した上で、作中でその始まりには惑星ムシーカのファーレがあったという事実を見せる。
ムシーカのファーレを地球に伝えたのは、40000年前の地球に逃がされたミッカの双子の妹だった。

うん。
壮大だよね。
これがしっかりと1に繋がるから、なるほど綺麗に物語に落とし込まれているなと思えちゃう。
双子の妹が地球に逃がされる理由に納得出来れば。

ごめん。
全く出来なかった。
双子の妹ちゃんをミッカと一緒にコールドスリープさせなかったのは何故?

この辺りが説明不足なのか、設定ミスなのか。
ミッカがコールドスリープから目覚めたのは何故なのか、とか。
ミッカが持っていたという縦笛が無くなったのは何故、とか。
4万年も経っているのに、少し欠けた程度で現存している縦笛って都合良すぎないか、とか。
上記の物語を成立させるために、細かいところの穴を力業でスルーしている。
故にすんなりと呑み込めませんでした。

上手く嚥下できなかった地球とムシーカの壮大な音楽の縁の物語。
その状態で1に繋がるから、1も個人的に喉に引っ掛かってしまったのです。

のび太独自の「の」の音。
これがミッカしか吹けない縦笛が唯一出せなかった音と同じであり、「ファーレの殿堂」を完全に蘇らせる最後の決め手となった。
ちゃんと伏線もありました。
モーツェルが水を復活させたのび太たちの演奏に「懐かしい音を聞いた」と言っていました。
後にこれが「の」の音のことを指していたと分かるようになっており、綺麗に「のび太の特技(ではないけどw)による活躍」も消化されている。
確かになぁ、綺麗なんですよ。

綺麗なんだけれど、「縦笛の一部が欠けていたドラマ」に納得出来てないからさ…。
やっぱりどうしてもミッカの妹が地球に送られた理由が意味不明すぎて。

悪いことばかり書くのは良くないですね。
うん。

良かった点も書きます。
1と3です。

のび太らしさで危機を救うというのは、最後にもう1つ残されていました。
「あらかじめ日記」と「のび太の日記」が似ていたことを利用したもの。
のび太が自身の日記に書いたつもりになっていた「お風呂で楽しく過ごした」が、実は「あらかじめ日記」に書いていて。
ドラえもんがピンチになるとポケットから道具を沢山出すという「クセ」と「予めのび太の家の風呂場に設定してあった時空間チェンジャー」が作用して、「野比家の風呂の中に地球が入る」という特殊な状況を作り出すことに成功。
音の無い宇宙なのに音が出せるという逆転劇を演出していました。

これはそもそものび太のいたずらと「リコーダーを風呂場に忘れる」というのび太らしいドジから生まれたこと。
十二分にのび太だからこその活躍だったと思います。

いくらのび太でも風呂場で練習していたリコーダーをそのまま風呂場に置き忘れるということは普通しないと思うんだけれどねw
そこまで抜けてないと信じたいし、ツッコミどころが無い訳では無いんだけれどね。

伏線を張って、しっかりと回収するというのは、「映画ドラえもん」の本領だと思うのですよ。
今作も伏線が全編に散りばめられていたし、その回収もしっかりとされてはいた。
けれど、鮮やかさに欠けていたのかなと。
いつもは疑問とかあまり感じさせずに綺麗に回収してるから余計に気になったのかもです。

終わりに

感想書きながら「これ難癖だよなぁ」って感じてきました。
難癖ですね、間違いなく。
ただ、もう少し細かいところにまで手が届いていたらと思うとさ。

来年はなんだろ?
リメイクっぽくは無いからオリジナル新作かしら?
ほんの少しだけ「夢幻三剣士」を彷彿とさせたけれど違うかなぁ?
あれは絵の要素皆無だしね。

あ、そうだ。
1つ触れ忘れてた。

ドラが故障した時の「えっち」って言うところ「大山ドラ」ぽくて良かった。
ドラえもんってああなると、何故か「えっち」って言うよね。
そこがしっかりと描かれていて良かったです。

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